角秀一ダイアリー

フィールド

僕がまだ小学校に上がる前のこと。
近所に大きな原っぱがありました。
普段は僕らの遊び場で、時々サーカスなどの興業が行われる場所でした。

ある日、この原っぱに隣接する祖母の家に行くと、何人かのお相撲さんが昼寝をしていました。相撲の巡業が来ていたのです。祖母の家は休憩場所でした。
僕は初めて見る大きなお相撲さんの膝の上に抱かれ、鬢付け油の何ともいえない良い香りにご機嫌だったことを覚えています。

またある日はプロレスの興業がありました。当時はまだ悪役レスラーの筆頭ザ・デストロイヤーがやって来たのです。日本人レスラーを血祭りに上げていたレスラーです。まだ試合が始まるずっと前の昼過ぎ、その原っぱでなんと、デストロイヤーとジャイアント馬場がキャッチボールをしていました。
見てはいけないものを見た思いがしました。馬場さんが元プロ野球のピッチャーだったことは後で知ったことですし、なによりも今夜馬場さんはデストロイヤーに足四字をかけられるというのに。
でもこれがプロレスであり、ショーであり、不公正なことが公正なことだったのです。

この原っぱで僕らは野球もしました。6人しかいないので3対3、しかも三角ベースです。キャッチャー兼審判は相手チームがしなければいけません。塁が埋まるとバッターが審判です。でも真剣勝負。だから公正です。手が出なくてもストライクを認めてしまいます。不公正だと仲が悪くなり明日から野球ができなくなります。

翻って、僕を膝に乗せたあのお相撲さんは公正だったのか。祖母が楽しみにしていた相撲には不公正はなかったのか。今はわかりません。

公正(フェア)を学んだその原っぱには今、10棟以上の高層マンションが建ち並んでいます。空き地も消えました。マンションに住む子供たちにとってのフィールドはどこだろう。
手のひらに収まるゲームの画面の中だったりして。

≪角秀一の読まずに死ねるかのコーナーその23≫
【ふがいない僕は空を見た/窪美澄/新潮社】☆☆☆☆
もの凄い女性作家が生まれました。
「女による女のためのR-18文学賞」大賞作品「ミクマリ」を含む短編集を大推薦します。
デビュー作品が賞獲得作品を第一章にした連作短編集は、湊かなえ「告白」と同じ文壇への登場の仕方。「告白」は第一章でその過激なストーリーに驚愕させられましたが、この「ふがいない僕は空を見た」は第一章での過激な性描写にぶっ飛んでしまいます。
しかし、これは序章にしか過ぎません。続いて展開されていく第二章からぐいぐいと引き込まれていき、後半の物語はここ最近では最高の満足感を与えてくれました。豊かな感性と抜群の文章力。要らない言葉も足らない言葉もない筆力に感銘します。生きていくことへの圧倒的肯定と性、そして生。初作品ながら「2010年本の雑誌ランキング」1位を獲得。当然のごとく本屋大賞にもノミネートされました。
この本はぜひ読んで欲しいのです。ただし!第一章で決して終わらないでください!大切な大切な最後の章まで読んでください。今回は本屋大賞でなくてもいいです。この作家はいつかもの凄い傑作を書き上げると思っています。